大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

熊本地方裁判所 昭和50年(行ウ)8号 判決

原告 藤芳寿子

被告 熊本市長

主文

被告が訴外亡藤芳太直に対し、熊本都市計画事業復興土地区画整理事業の施行として、昭和四五年一二月二二日付通知書をもつて、熊本市二番被分町二一番地三八〇・八二平方メートル及び同所又二一番宅地一二〇・七六平方メートルの換地として同市水道町九番一七宅地三六八・五六平方メートルを指定するに伴い、清算金の交付金額を九万四八七九円と定めた処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  訴外亡藤芳太直は、熊本市二番被分町二一番宅地三八〇・八二平方メートル及び同所又二一番宅地一二〇・七六平方メートル(以下「本件各従前地」という。)を所有していたが、同人は昭和四三年八月七日死亡し、原告が相続により本件各従前地の所有権を取得した。

2  被告は、熊本都市計画事業復興土地区画整理事業(以下「本件整理事業」という。)の施行に伴い、不動産登記簿上本件各従前地の所有名義人であつた藤芳太直宛の昭和四五年一二月二二日付通知書をもつて、本件各従前地の換地として熊本市水道町九番一七宅地三六八・五六平方メートル(以下「本件換地」という。)を指定する旨の処分(以下「本件換地処分」という。)をなすと同時に、右換地処分に伴う清算金の交付金額を九万四八七九円と定める処分(以下「本件処分」という。)をなし、原告はそのころ右通知書記載の右処分内容を了知した。

3  しかしながら、本件処分による清算金の交付金額は、土地区画整理法九四条の趣旨に反して不当に低額である。

よつて、本件処分は違法であるから、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1及び2記載の事実は認める。

三  抗弁

1  本件処分は次のとおりになされた。

(一) 清算金の交付金額算定の基本方式

本件換地処分における清算金の交付金額は、熊本都市計画事業復興土地区画整理事業施行規程二二条一項に基づき、権利価格と本件換地の評定価格との差額とした。

(二) 権利価格の算定方式

権利価格とは、最も公平に換地が指定された場合の想定換地価格であり、その算定にあたつては、熊本都市計画事業復興土地区画整理事業第一地区及び第二地区第四工区換地規則(以下単に「規則」という。)一五条に基づき、次の方式によるいわゆる比例清算の方式を採つた。

{(C-A)/(B-A)×(b-a)}+a=権利価格

aは従前地の評定価格、bは基準地積の評定価格、Aは整理事業施行地区内の従前地の評定価格総額、Bは基準地積の評定価格総額、Cは換地の評定価格総額である。

(三) 土地価格の評定方法

本件整理事業施行地区内における土地価格を評定するにあたり、規則一二条一項に基づき、路線価式評価方法を採つた。

路線価式評価方法は、土地区画整理施行前後の各路線(道路)について路線価を付し、次いでこの路線価を基準として各路線に面するそれぞれ形質を異にする土地について修正を施しながらその価格を評定するものである。

右路線価は、道路ごとにその道路に接する幾つかの標準的な奥行(本件整理事業においては規則一二条二項に基づき一五メートル)を有する土地を基準地として選定したうえ、土地価格形成の諸要因を考慮しながら、道路ごとに各基準地の単位面積(本件整理事業においては規則一二条二項に基づき一平方メートル)あたりの各基準地の平均価格を算出し、これをその道路の評定価格とするものである。

右土地価格形成の諸要因を考慮するにあたり、本件整理事業前後における街路係数(宅地が接する街路のみによる利用価値を表わす係数)、接近係数(宅地と交通、慰楽、公共機関等の諸施設との相対的距離関係等による受益又は受損価値を表わす係数)及び宅地係数(宅地自身の持つ利用状態、文化性、保安性による価値を表わす係数)等を加味して算定した。

右路線価は、従前地と換地との各評価時点間の貨幣価値の変動を更正する便益と整理前後の路線価との比較を容易にするため、円単位の評定価格によらず指数で表示し、本件整理事業においては、整理後の最高評定価格を一〇〇〇個としたうえ、これとの比率において各道路の路線価指数を求めた。

右路線価を基準として各路線に面するそれぞれの土地の価格を評定するにあたり、各土地ごとにその基準地と比較した場合の条件に差異があつて、それぞれの条件によつてその路線価指数を修正する必要があるため、本件各従前地並びに本件換地のような普通地については、当該土地の接する道路の路線価にその奥行に対する規則別表第2所定の奥行価格百分率を乗じ、その積にさらに当該土地の面積を乗じて得られる相乗積を求める方法を採つた。

(四) 権利価格(指数) 四万八三八五・〇六個

(1) 本件各従前地の評定価格(指数)合計 三万七六一八・五〇個

本件各従前地の接する道路の路線価指数は七五個であり、その奥行はいずれも基準地と同じ一五メートルなので、奥行価格百分率は共に一・〇〇〇〇となり、そこで「路線価」×「奥行価格百分率」×「従前地の面積」=「従前地の評定価格」の算定方式によつて本件各従前地の評定価格(指数)合計を求めると三万七六一八・五〇個となる。

(2) 基準地積の評定価格(指数) 四万七七七七・八一個

基準地積は、権利価格算定のため暫定的に算定されるもので、本件換地の基準地積は規則四条所定の方式に従つて、三九八・六八平方メートルと算定されたが、その奥行は二二・五三メートルであるので、奥行価格百分率は規則別表第2により〇・九五八七となり、その接する道路の路線価は一二五個であるから、「路線価」×「奥行価格百分率」×「基準地積」=「基準地積の評定価格」の算定方式によつて、本件基準地積の評定価格(指数)を求めると四万七七七七・八一個となる。

(3) 本件整理事業施行地区内の従前地の評定価格総額は一億三二五一万〇二八一・六一個、基準地積評定価格総額は一億七五四八万四九六九・二五個、換地評定価格総額は一億七八〇五万三六八二・五〇個である。

(4) そこで、以上の各評定価格を前記(二)の権利価格算定方式に各代入して算定すると、権利価格(指数)は四万八三八五・〇六個となる。

(五) 本件換地の評定価格(指数) 四万四一六八・二三個

本件換地は、本件各従前地とほぼ同位置に定められ、その面積は三六八・五六平方メートル、奥行は二二・五三メートル、奥行価格百分率は〇・九五八七となり、その接する道路の路線価を一二五個として、「路線価」×「奥行価格百分率」×「換地面積」=「換地の評定価格」の算定方式によつて本件換地の評定価格(指数)を求めると四万四一六八・二三個となる。

(六) 指数の換算方法

前記(一)のとおり、清算金の交付金額は、権利価格と換地の評定価格との差額を求めることによつて得られるが、その前提として、指数で表示された評定価格を円単位に換算する必要がある。そこで、右換算にあたり、本件整理事業施行地区内の工事概成時である昭和三六年当時の固定資産課税台帳に登録された価格(以下「固定資産価格」という。)に基づき、本件整理事業施行地区内の各路線の路線価指数単価を算出した。

即ち、まず、本件整理事業施行地区内の各路線について四〇個所の地点を選定し、次いで、右地点における路線価指数一個当りの固定資産価格による路線価を算出したうえ、その総和を四〇で除した平均値に、これに対する昭和三六年から本件換地処分年度の昭和四五年までに至る年六分の複利計算による利子相当金額を加算して、各路線の換地処分時の路線価指数単価を求める方法を採つた。その結果は、平均値一三・三一一四八円に利子相当額の九・一八八五二円を加算した二二円五〇銭が指数一個当りの価格となつた。

(七) 本件清算金の交付金額 九万四八七九円

前記指数単価に基づいて権利価格及び本件換地の評定価格をそれぞれ円単位に換算すると、権利価格は一〇八万八六六四円(指数四万八三八五・〇六個に二二円五〇銭を乗じた額)、本件換地の評定価格は九九万三七八五円(指数四万四一六八・二三個に二二円五〇銭を乗じた額)となり、その差額である九万四八七九円が本件清算金の交付金額となる。

2  以上のとおり、本件処分には何ら違法がなく、したがつて、原告の主張は失当である。

四  抗弁に対する原告の見解

被告の主張する清算金額の算出方法中抗弁(六)記載の指数の換算方法は何ら合理性がなく、指数を円単位に換算するには工事概成時の評価額によることなく、本件換地処分がなされた昭和四五年当時の取引価格に基づいてなすべきである。

すなわち、被告は、本件整理事業における土地の評定価格を定めるために路線価方式を用い、最高指数を一〇〇〇個としたうえ、本件換地処分の九年前である昭和三六年の固定資産価格を標準とし、一個当り二二円五〇銭という非常に低廉な価格によつて清算金を算出しているが、固定資産価格が実際の取引価格より低廉であることは周知であるところ、本件換地の昭和四五年度の固定資産価格は八七四万〇八〇〇円であつて、被告の右の評価方式による九九万三七八五円の約九倍に相当する。熊本市における土地の取引価格は固定資産価格の五倍とされているから、本件換地の昭和四五年における取引価格も右固定資産価格の五倍にあたる四三七〇万四〇〇〇円というべきである。このように、被告の本件換地処分における清算金がきわめて低額で不当であることは明らかである。

五  原告の見解に対する被告の反論

清算金は換地処分によつて確定するものであり、換地処分は施行地区内の全部について区画整理事業の工事が完了した後において遅滞なく行なわるべきものであるが、施行地区が広汎な場合には、右工事が概ね終了しながらほんのわずかの部分について終らないため、換地処分の時期がやむなく遅れる場合が少くない。そこでこのような場合、右事業の効果は右工事が概ね完了したときに既に定つていること、その後右工事が完了するに至るまでの間における地価の変動は右事業効果以外の要因による場合が多く、かかる変動分を清算金額に含ませることはむしろ適当でないことなどを考慮すれば、清算金算定における指数の円単位への換算に関する原告の見解は当を得ないものと言わざるを得ない。

第三証拠〈省略〉

理由

一  本件各従前地はもと訴外亡藤芳太直の所有であつたが、昭和四三年八月七日原告がその所有権を相続により取得したこと、昭和四五年一二月二二日被告は本件整理事業に基づく本件換地処分を行い、本件各従前地に対する換地として本件換地を定めたうえ、清算金の交付金額を九万四八七九円と定める本件処分をなしたことなど請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  また、被告が権利価格と本件換地の評定価格との差額をもつて本件清算金の交付金額としたこと、本件整理事業施行地区内の土地を評価するにあたつて路線価式評価方法を用いたこと、土地の評価指数を円単位に換算するにあたつて本件整理事業施行地区内の工事概成時である昭和三六年当時の固定資産価格に基づき算出する方法を採つたことなど抗弁1の各事実は、成立に争いのない乙第三ないし第八号証及び証人米村俊男の証言によつてこれを認めることができ、反する証拠はない。

三  ところで、土地区画整理は、都市計画区域内の土地につき、これを一体として、公共施設の整備改善及び宅地の利用の増進を図り、健全な市街地を造成し、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とし、土地の区画形質の変更及び公共施設の新設又は変更の工事をなすものであつて(土地区画整理法一条、二条)、事業施行前の宅地(従前の宅地)に対して、原則として、地積、土質、水利、利用状況、環境等の照応する宅地(換地)が定められるが(同法八九条)、具体的な整理事業においては、公益上の必要及び換地設計上の技術的理由から、施行地区内の権利者相互間に不均衡が生ずることが少なくないので、これを是正するため、利益を受けた者に対し実質的には不当利得金の徴収として、不利益を蒙つた者に対し実質的には損失補償として、金銭により清算金が徴収又は交付されることとなつている(同法九四条)。

そして、右の清算金額を算定するためには、土地の評定価格を求める必要があるが、区画整理における土地評価は、従前地及び換地の双方を評価しなければならないこと、施行地区内の広汎な面にわたる多数の区画を公平かつ迅速に行なう必要があること、土地区画整理事業自体による宅地の利用の増進を算定しうるものでなければならないことなどからすると、本件換地処分において採用されたいわゆる路線価式評価方法は、路線価の定め方及び画地の特殊性に基づく修正方法並びに画地計算で得られた指数による評価を円単位に換算する際の路線価指数単価の算出方法が適正になされる限り、土地区画整理事業に適合する合理的な評価方法であるといえる。

右評価方法の採用自体については、原告もその当否を争つている訳ではなく、当裁判所も右方法の採用に違法性を認めることはできない。

四  そこで、原告が違法として指摘するところの、本件処分における清算金額算定のための指数の円単位への換算方法、換言すれば指数単価の算定方法、即ち、被告が指数単価を定めるに当り、本件換地処分時より九年前である昭和三六年当時、いわゆる工事概成時(工事が概ね完了したとき)の固定資産価格を基準としたこと、及び右時期における指数単価を基礎とし、年利六分の九年間の複利計算による金額を加算して本件換地処分時の指数単価二二円五〇銭を求めたところの当否につき判断する。

さきに判示したとおり、清算金は不均衡是正の性格を有し、その額は換地計画において定められるものであること(土地区画整理法九四条)、その事項を関係権利者に通知することによつて換地処分が行われ、清算金は換地処分の公告があつた日の翌日確定すること(同法一〇三条一項、四項、一〇四条七項)からして、清算金額は換地処分時において適正と認められるものでなければならないことは明らかである。

被告は、固定資産価格を採用したことをもつて適正であると主張し、事業効果以外の要因を排除するため、たとえ換地処分時より九年前であろうとも工事概成時における評価を基礎とするのが適当である旨主張する。

なるほど、固定資産価格(固定資産課税台帳に登録された価格)も一つの公権的土地評価に外ならないのであるから、本来は課税目的で評価されたものとはいえ、その他にも例えば異なる土地相互の価格の比率を求める場合等公正な利用方法は想定できないことはないのであるが、右価格は法律上適正な時価をいうものとされていながら、昭和三六年ないし同四五年当時においても、一般に、実際の取引価格又は現実の時価と比較して著しく低廉であることは公知の事実であり、清算金の不均衡是正の目的、不当利得徴収と損失補償の実質に鑑みれば、指数単価の算定に当つては、右価格の単なる平均値を採用するのではなく、適正な取引価格相当額を得るための合理的な修正をする必要があるものといわなければならない。

又、整理事業による宅地の利用増進という開発利益の公平な配分のために、事業効果以外の要因を考慮しないで清算金算定の基礎となる土地価格を定めるべきであるとする被告の主張は、同一施行地区内の権利者相互間の不均衡の割合を評価する限りにおいて正当である。けだし、右不均衡の割合は整理事業の施行のみによる結果でなければならず、事業施行以外の理由によつて特定の土地に限つた地価謄貴又は地価下落の結果が生じ、不均衡の割合が増大している場合には、清算金により是正する必要性は認められないからである。

しかしながら、右の問題は、本件においては、権利価格(指数)及び本件換地の評定価格(指数)の算定において合理的に処理され、その目的を達しているのである。

徴収し又は交付される清算金が、不均衡是正の目的から見て、適正な取引価格相当額であるべきであることは、さきに説示したとおり、当然のことである。

してみれば、指数単価の算定については、換地処分時の適正な宅地取引価格相当額が得られるような合理的な方法が採られるべきであり、昭和三六年から同四五年の九年間における宅地価格の一般的な上昇は、年六分の復利計算により加算した場合よりも、その変動が著しく大であることは公知の事実であるから、前記固定資産価格の平均値を単純に基礎としたことと相まつて、以上の点を考慮しなかつた本件処分における指数単価の算定方法、ひいては清算金の算定方法は合理性に欠けるものであり、適正なものとはいい難い。

なお、証人米村俊男の証言によれば、整理事業の実務上は、右のように換地処分時における取引価格で清算金を算出すれば、金額が過大となり、徴収を受ける者の納得が得られず、執行不能の状態となつて混乱を生ずるとして、本件処分におけると同様の方法で清算金を算定している例が多いことが窺われるけれども、もしそうだとすれば、換地計画そのものが照応の原則に適合しているのか疑問となるのであり、本末転倒といわねばならない。

五  以上のとおり、本件換地処分に際し用いられた清算金額算定方法は合理性に欠け、定められた清算金は適正と認められず、土地区画整理法九四条に違反することとなるので、本件処分は違法というほかなく、取消しを免れない。

よつて、原告の請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 堀口武彦 玉城征駟郎 佐伯光信)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例